大阪地方裁判所 平成9年(ワ)9919号 判決 1998年12月25日
原告
西井義照
ほか三名
被告
関西中央交通株式会社
ほか一名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告西井義照に対し、各自、金一一八〇万七三六〇円及びこれに対する平成八年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告西井雅彦に対し、各自、金三九三万五七八六円及びこれに対する平成八年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告西井秀和に対し、各自、金三九三万五七八六円及びこれに対する平成八年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告らは、原告西井直樹に対し、各自、金三九三万五七八六円及びこれに対する平成八年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
6 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (本件事故)
(一) 日時 平成八年一二月七日午前〇時三五分ころ
(二) 場所 大阪市港区港晴二丁目一一番先路上(国道一七二号線西行車線)
(三) 加害車両 被告西原俊夫(以下「被告西原」という。)運転の普通乗用自動車(大阪五五き八七一五)
右所有者 被告関西中央交通株式会社(以下「被告会社」という。)
(四) 態様 亡西井久子(以下「亡久子」という。)に加害車両が衝突した。
2 (亡久子の死亡)
亡久子は、本件事故により、全身打撲、肋骨骨折、右血気胸、骨盤骨折、右脛骨腓骨骨折、右下肢不全切断、右上腕骨・尺骨骨折の傷害を負い、平成八年一二月七日午前三時五一分、出血失血のため死亡した。
3 (責任)
(一) 被告西原(当時六三歳)は、被告会社(タクシー会社)の運転手であるが、本件事故当日、客を乗せて加害車両を運転して、東から西へ向かって時速約七〇キロメートル(法定速度時速六〇キロメートル)で本件事故現場に差し掛かった際、亡久子が右現場に設置された安全地帯(ゼブラゾーン)にいたか又はその直近にいたのを、目前約一〇メートルの至近距離で発見し、急ブレーキを掛けたが、時期に遅く、加害車両前部を亡久子に衝突させ、全身打撲を負わせて、死亡させるに至った。
(二) 自動車の運転者は、道路の左側部分に設けられた安全地帯の側方を通過するとき、当然安全地帯に歩行者がいるときは徐行しなければならないところ(道路交通法七一条三号)、本件事故現場は三車線に区分され、道路左側(南側)部分には安全地帯が設けられていたのであるから、右安全地帯の側方を通過することになる三車線のうちの南端車線を走行する自動車の運転者は、前方注視を怠らず、当該安全地帯又はその直近に歩行者がいるかどうかを確認しつつ走行し、歩行者がいるのを認めたときは、直ちに減速して徐行しなければならない。
しかるに、被告西原は、右安全地帯の側方を通過することになる右三車線のうちの南端車線を、法定速度を超える時速七〇キロメートルで走行していたが、現場に差し掛かる手前で、従前の南端車線から中央車線に車線変更しようとして、中央車線上の先行車に注意を奪われるなどして、前方注視を怠った過失により、現場の安全地帯又はその直近に亡久子がいるのを手前約一〇メートルになって気づいて、急ブレーキを掛けたが間に合わず、亡久子に衝突して、亡久子を死亡させた。
(三) よって、被告西原は民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。
(四) 被告会社は、加害車両の所有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行共用者である。
4 (損害)
(一) 逸失利益 三二二八万四七七一円
亡久子は、一家の主婦であり、かつ、夫の原告西井義照の経営する居酒屋(養老の滝チェーン)を手伝って、家業に従事していた者であるが、給与として一定金額の支給は受けていなかった。
亡久子は、死亡当時四八歳であったから、産業計・企業規模計・女子労働者の年収(平成六年度)三五一万六四〇〇円を算定基礎とし、生活費控除率を三〇パーセントとして、ホフマン式計算法により計算すると、亡久子の逸失利益は、次のとおり三二二八万四七七一円となる。
351万6400円×(1-0.3)×13.116=3228万4771円
(二) 慰謝料 二〇〇〇万円
亡久子は、一家の主婦であり、かつ、前記家業の中心的存在であったから、同女の死亡による慰謝料は、二〇〇〇万円が相当である。
(三) 治療費 二九万〇四七〇円
(四) 葬儀費用 一三四万二三〇〇円
以上合計五三九一万七五四一円
5 (相続)
原告西井義照は亡久子の夫であり、原告西井雅彦、原告西井秀和、原告西井直樹はいずれも亡久子の子である。
よって、原告らは被告西原に対し民法七〇九条、被告会社に対し自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償として、各自、既払金三〇三〇万二八二〇円(自賠責保険金二八三〇万二八二〇円、被告会社から二〇〇万円)を控除した残額二三六一万四七二一円を相続分に応じ、原告西井義照は金一一八〇万七三六〇円、原告西井雅彦、原告西井秀和、原告西井直樹は各金三九三万五七八六円及び右各金員に対する本件事故の日である平成八年一二月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は知らない。
3 同3(一)ないし(三)は争い、(四)は認める。
4 同4、5は知らない。
三 抗弁
1 (免責、過失相殺)
(一) 本件事故現場
本件事故現場は、国道一七二号線西行車線と天保山ジャンクションの接する地点のゼブラゾーンが始まる地点である。
右場所の亡久子が横断しようとした地点の向かい側(国道一七二号線の北側)は鉄製フェンス(中央分離帯)が設置されており、一方、亡久子が横断を開始した側(国道一七二号線の南側)も陸橋の高架下のフェンスで囲まれており、また、本件事故現場付近の歩行者は、国道一七二号線西行車線に沿って、同ジャンクション入口の上をスロープにて高架式の横断陸橋を渡って西側へ歩いていく。
したがって、本件道路は、通常、横断できない又は横断の必要がない道路である。
よって、被告西原にとって、右地点に人が立っていることを予想することも、まして、人が本件道路を横断するために本件道路に侵入してくることなどは到底予想できないことである。
(二) 亡久子の発見可能地点
亡久子が横断しようとした地点は、国道一七二号線西行車線と天保山ジャンクションの接するゼブラゾーン付近であり、亡久子は同所付近から加害車両の至近距離から突然加害車両に向けて飛び出したものであり、右ゼブラゾーンには赤色ゴム製の車線分離標やオレンジ色で光が当たると反射する支線誘導標が設置されており、亡久子が当時身につけていたオレンジ色の前掛けが右分離標や誘導標に溶け込む感じとなり、被告西原には亡久子の発見は困難であった。
ちなみに、亡久子と同様の着衣を着せたダミーを使用して、右ダミーを発見できる地点すなわち、右ダミーが人であると発見することができる地点は右ダミーが佇立している地点よりわずか一〇メートル手前地点であった。
被告西原が亡久子を発見した地点は一〇・五メートル手前であるから、被告西原に前方不注視の過失はない。
仮に、被告西原に多少の速度超過があったとしても、前記のような道路状況、事故態様を考慮すると、右速度超過と亡久子の死亡との間には直接の因果関係がない。
(三) 亡久子の自殺の可能性
前記のように亡久子は、中央分離帯に設置された鉄製のフェンスのため対岸に到達できない道路を横断しようとしたこと、加害車両の先行車両であるタクシーが通過するのを待って、その約二秒後、あたかも加害車両の直前になって横断を開始し始めたこと、本件事故と比較的接近した時間に亡久子は原告西井義照と喧嘩をし、その結果、亡久子が店を飛び出したこと等を総合的に考慮すると、本件事故は、亡久子の自殺の可能性が大きい。
(四) よって、本件は、
(1) 被告西原には前方不注視、速度超過のいずれの過失もなく、
(2) 専ら、亡久子の自殺行為あるいは本件道路の安全を顧みない至近距離での飛び出しという過失によって発生したものであり、
(3) 加害車両に機能上、構造上の欠陥は存しない
から、被告両名に責任はない。
仮に、被告西原に過失が認められるとしても、本件事故態様からすると、亡久子の過失は七ないし八割というべきである。
2 (損害填補) 三〇三〇万二八二〇円
(一) 自賠責保険金 二八三〇万二八二〇円
(二) 被告会社から 二〇〇万円
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は争う。
2 同2は認める。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1(本件事故)は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(亡久子の死亡)
前記争いのない事実(請求原因1)及び証拠(甲一の1、弁論の全趣旨)により認められる。
三 請求原因3(責任)
1 前記争いのない事実(請求原因1)及び証拠(甲の二の1ないし3、四の1ないし7、五、乙一、二、証人崎山友江、被告西原本人)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、国道一七二号線の西行車線(以下「本件道路」という。)から阪神高速道路天保山入路料金所へ分岐する場所であり、右分岐点の東側では、本件道路は六車線で、南側三車線は阪神高速道路へ進入するための左折専用車線、第四車線は直進・左折の双方が可能な車線、第五、第六車線は直進専用車線であり、本件道路は右分岐点の西側で三車線となっている。
本件道路は指定最高速度を法定の時速六〇キロメートルに規制されており、分岐点の西側には、路上障害物の接近を示す白色の道路標示があり(安全地帯ではない。)(以下「ゼブラゾーン」という。)、ゼブラゾーンの内側周囲には、赤色ゴム製の車線分離標、オレンジ色で光が当たると反射する支線誘導標が設置してあり、ゼブラゾーンの南側は歩道橋の高架となっておりフェンスが設置され、ゼブラゾーンの北側は本件道路を挟んで阪神高速道路の高架となっている中央分離帯であり、本件道路と中央分離帯の間は高さ二メートル鉄製のフェンスが設置されている(本件事故現場の状況は別紙現場見取図を参照。以下地点を指示する場合は同図面による。)。
(二) 被告西原は、加害車両を運転し(後部座席の真ん中付近に乗客崎山友江を乗車させていた。)、時速約七〇キロメートルで本件道路の第四車線を進行し、ゼブラゾーンの東端から約三九メートルの地点(<1>地点)で第五車線へ車線変更しようと考えたが、同車線を進行していた先行車両(タクシー)がいたことから、そのまま同車線を進行したところ、ゼブラゾーンの東端付近(<ア>地点)から進路前方に飛び出してきた亡久子を前方約一〇・五メートルに発見し、急制動及び右転把の措置を取ったが間に合わず、加害車両の前部左側を亡久子の体側に衝突させた(衝突地点は<×>地点)。
ゼブラゾーン付近は、前記の状況であって、通常では人が出入りする場所ではなく、また、亡久子の飛び出した方向にそのまま横断するとしても鉄製のフェンスにより通行を妨げられることになるから、横断する人がいることも通常では考えられない場所である。
(三) 本件事故時は、午前〇時三五分ころという深夜であり、これと同時刻ころに実施された、加害車両から亡久子の発見可能性についての実況見分(亡久子の本件事故時の着衣をダミーに着用させて、被告西原及び警察官が停止した状態で実施)によれば、被告西原が亡久子を実際に発見した約一〇・五メートルにおいては、人と判り、服の色まではっきり判るが、時速約六〇キロメートルでの制動停止距離約三〇メートルにおいては、見えにくく、よく見れば人と判る程度、時速約七〇キロでの制動停止距離約四〇メートルにおいては、見えにくく、じっと目を凝らせば何か立っているように見える程度であった。以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
右に認定の事実によれば、本件事故は、亡久子が加害車両の進路前方約一〇・五メートル地点に飛び出してきたために発生したものであり、法定速度の時速六〇キロメートル(秒速一六・六七メートル)における空走距離が一三・三メートル(制動が効き始めるまでの時間〇・八秒として計算した。)であること、本件事故現場のゼブラゾーンは人が通常進入している場所ではなく、ましてや本件道路を横断する歩行者がいることは通常考えられないこと、被告西原としては、走行中の車両からゼブラゾーンにいた亡久子を実際の発見地点以前に発見することは困難であり、また、これを発見すべく進行せよとの注意義務を課することは、右本件事故現場の状況からすればあまりに酷に過ぎるというべきであって、本件事故については、亡久子の本件道路の走行車両の動静について何ら注意せずに横断しようとした過失によるものであって、被告西原には過失は認められないというべきである(法定速度超過の点は本件事故と因果関係がない。)。
よって、原告らの被告西原に対する請求は理由がない。
2 被告会社が加害車両の運行共用者であること(請求原因3(四))は当事者間に争いがない。
四 抗弁1(免責)
前記認定の本件事故の状況からすると、加害車両の運転者である被告西原に過失はなく、本件事故は亡久子の過失に基づくものであり、証拠(乙一)によれば、加害車両に構造上の欠陥又は機能上の障害はなったことが認められるから、本件事故について、被告会社は自動車損害賠償保障法三条ただし書より免責される。
よって、原告らの被告会社に対する請求は理由がない。
五 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉波佳希)
交通事故現場の概況 現場見取図